北 欧 旅 日 記 
(その4)


M I (自治会員の方です)



6月1 8日(土)
 オスロの第2日目の朝は雨の音で目が覚めた。 8時を少し回っている。 2人ともすっかり疲れがとれ、雨でも晴れ晴れとしてゆっくり朝食を取りながら、今日の予定を立てる。ホテルにてオスロカードを買い(このカードは市営の所なら どこでも1日間有効とのこと)、足の向くまま気のむくままと、9時半頃 ホテルを出発。
 路線バスで博物館地区ビィグドイへ。放牧の牛や馬が小雨でもゆったり草を 食んでいる。小さな白い家が緑を彩る、移り行く風景が目を楽しませてくれる。3 0分で目的地に到着。
 ヴァイキング船博物館に入る。 8 0 0年代に女王が5 0年間使用されたオーセバルク船、ヴァイキング船が真似た900年代のゴークスタット船、 いずれも1 000年以上も前の物かと思うほどの造形美に驚く。
ヴァイキング船は優美なデザインだ。船底を上げて貴婦人のようにおつに澄ましている。見物者は、階段を昇って、横から斜めからと全体を見ることが出来る。
男のロマンがあると言うコンチキ号博物館へと進む。
バルサ材の原木で作られた筏船コンチキ号は、ポリネシア語で太陽の子という 意味とのこと。日本人には覚えやすい名称だ。
日の丸を形どったような帆の海賊船、北極や南極へ旅したフロム船、藁のような南方の植物で出来た大きな荷物を運ぷ船等々、暗い展示場で 目を凝らして見入る。
海洋博物館では、展示品1つ1つに日本語の説明も付いていた。
 2時頃外へ出たら大分雨が降っている。バス停まで少し歩くので博物館の前で 雨宿りをしていたら、観光バスが1台入って来た。賑やかな日本語が飛び交う。 間もなく、ガイド嬢について館に吸い込まれるように入って行った。 その後は雨音だけが残った。雨が小降りになったので出ようとしたら、 向こうから来た年配の日本人夫婦に「2人で来たのですか」と声をかけられた。 「ええ」と笑顔で答えて、会釈をして別れた。
お互い数日後に会えるとは思わないで…。
高台の広い屋敷に並ぶ旧い立派な家屋を見ながら、バス停へと坂道を下りて来た。
  1 6時ホテルに着く。一休みしてから、雨が止んだので1 8時半頃食事をしようと あの森を通って、今夜はノルウェー料理を食べようと楽しみに市街へ出たのに、 通りはなぜか静かだ。レストランはシャツターがしまっている。土曜日は1 8時が閉店、ホテルは1 9時でオーダーストップと気がついた。 すでに1 9時は過ぎてしまった。コンビニエンスストアーをさがしていたら 手作りパンの店があり、そこで数種類のパンやケーキ、牛乳にジユースと 沢山買ってホテルへ戻る。
ささやかだがゆっくりと食事ができた。昨日の苺が熟れて甘くなり大粒を頬張る。 北欧は水と木の資源が豊富と聞いた。この旅で水はどこでも清水のように美味しく、腹痛など起こさない。 家庭生活では器具が痛むので、電灯はいつもつけたままだとのこと。 2週間以上も旅をしていれば焼けて黒くなる筈の顔が、色白になって帰国した程だ。 我が国でもスエーデンハウスの広告が出ているが、半年以上もの厳寒で、 年輪を重ねた材木は木目が細かく、耐久力があるのだろう。 そう言えばちょっとしたパンフレットでもメモ用紙でもいい紙を使っている。 オスロでの初日もいろいろな出会いや感動があった。 外はとても明るい。散歩と思ったが2 2時近いので、ゆっくり明日の予定を立てる。 晴れたらオスロフィヨルドへ、雨ならば博物館でも回る事にしよう。



6月1 9日(日)
 快晴の朝を迎える。昨日の予定どおりオスロフィヨルドを観光船で回る事にした。 朝食をホテルで済ませてオスロ港へ。清々しい青空の下、冷気で包まれている森を抜けるオスロ港とオスロ港が見渡せる。 森で出会う人が、私達に徴笑んでくれるので、危うく会釈をしそうになり慌てて 笑顔をつくる。こんなに空気が澄んでいる所を毎日通る人達を羨ましいと思いながら。 オスロ港に着くと、2時間コースのフィヨルド観光船が出発するのに間に合った。 船内はほぼ満席だ。日本人ツアーのグループや現地に住んでいる日本女性が通訳の アルバイトで、仕事で来た自国の男性3人を案内している。 丁度この4人の後ろの席が空いていたのでそこに座る。1 0時出発。
 この国では1年間一生懸命働いて、贅沢をせずバカンスの為に貯金をするんですよ、 と前の席から聞こえて来た。そんな話しを夫に聞いたことがあったのを思い出した。 民族衣装を着たガイド嬢が、右や左を指しながら英語で説明している。 空の青とフィヨルドの藍、浅緑の丘の上にはメルヘンのような、赤い屋根の 小さな家が点在していて、自然の彩りがとても素晴らしい。 日曜日とあって、ヨットが何艘も出て白い帆を揺らしている。 緑濃き山合いに入道雲が現われて、北欧は夏一色だ。小柄で可愛い少女のような乗務員が飲み物を売りに来たので、レモンティを 頼んだらティバックをカップに入れてお湯を注いだだけ、レモンは付いていない。 けげんに思いながら一口飲んでみたら、香りと酸味が程よく甘みも口に合って いるが何となく人工的な味だ。そういえばこの国へ来てレモンを見てない。輸入が困難なのだろうか。 1時間半ぐらいで、昨日来たビィクドイに着く。
 ガイド嬢とツアー客が全員ここで降りてしまった。観光ルートの一つなのだろう。
船は半分以下になってしまった客と、先の可愛い乗務員を乗せて3 0分でオスロ港に 帰着。
 船を降りて市庁舎の方へ向かうと、大きな噴水が陽射しに輝く中で子供達が はしゃいでいる。日曜日なので親子連れが多い。正午を回っている、駅のレストランで昼食にしようと行ってみたら休業。 デパートも休み、日曜日は街全体が休みだと気が付いたら、急にお腹がすいてきた。 日本は祝日だと休日を返上してオープンするので、その感覚でいたら全く逆だった。 でもどこか開いてないかしらと探したら、コンビニエンスストアーが見付かった。 2人で好きなものを買って、駅前の孔雀の羽のような素敵な噴水の側のベンチで、 おいしく食べた。空気も美味しい。駅の温度表示が2 2度と出ており、 外気浴を兼ねて暫く休む。地元の人達はノースリーブで、幼児達は、裸んぼで 太陽を浴びている。冬は長くて厳しい国なので、この2カ月の太陽で肌を焼いて寒さに絶えられる 身体をつくるのだろうと夫は言う。私達は長袖でちょうどいいのだが…。 夏至の前後2カ月は白夜で、天気がよければ2 4時間太陽が輝いている。 老若に拘らずいつでも自分の好きな時間に太陽のもとで散歩を楽しむと聞いた。 お腹が満たったので、散歩がてら2 2日に1泊するホテルを探す。 今のホテルは6日間のところを5泊の予約にしてしまい、1日足りないのに 後で気が付いた。どこのホテルも日曜日で従業員は休み、フロントドアーが開いているだけなので、 後日に改めて探す事にする。
カールヨハン通り メイン通りも人出はまばらなので、ホテルに帰ろうとカールヨハン通りを 歩いていたら日本食「銀座」の看板が目に止まった。日曜日は1 2時から2 3時となっている。夕食はここにしようと、1 6時ころホテルに戻る。昨日もそうだったが、掃除をしてベットメーキングがしてある部屋に入る。 散歩疲れでベッドに横たわり、私にとっては最高の贅沢と思いつつガイドプックを 見ていたら、いつの間にか寝てしまった。
 そろそろ食事に行こうかと、夫に起こされた時は1 8時を回っていた。 「銀座」でお刺身でも食べようと、楽しみにホテルを出た。良く寝たし1 0日振りに和食が食べられるとあって、木洩れ日の注ぐ森をぬけ 「銀座」の入っているビルに着いた。ドアーを押しても引いても開かない。 「銀座」はビルの3階なので見上げたが陽が硝子に反射して見えにくい。 ビル自体が聞かないのだからやむなく諦めた。お刺身を食べ損ねて残念。 明日の予定のソグネフィヨルド行きの列車の切符を、セントラル・ステーションに 寄り予約を済ます。
 ホテルの方への路地を歩いていたら、ホットドッグの屋台を見つけた。 大きいので2本頼んだら若い男性だが手際良くすぐ造ってくれて、 「ケチャップ? マスタード?」と聞くので、人さし指で1本づつ 「ケチャップ」「マスタード」と言ったら、にこにこしながらそれぞれに塗って ペーパーで包んでくれた。1 9時半にホテルへ戻る。
 お刺身定食が、苺とバナナやアップルジュウス、ホットドックに変ってしまったが、 今日も異国で、個人旅行ならではの色々な体験をしたねと話しながら、のんびり 食事をして、明朝は早いので2 1時近くに就寝。



6月2 0日(月)
 明るい陽射しに目が覚めた。 6時を少しまわっている。 夫はもう起きていてカーテンを開けたので、その陽射しが私を起こしてくれた。 最高のフィヨルド観光日和。
ホテルで朝食を取らずに、7時にSASホテル前にてタクシーに乗りオスロ中央駅へ。 いつも見慣れた駅の表ではなく、裏側へタクシーは着けてくれる。 広い駐車場には、既に大型車が数台停まっていた。駅のレストランにも慣れて、食べたい物のある場所へ足が動く。 いつも同じ中年の男性がトレーの品をさっと見て、レジを打つのも早い。 顔を覚えてくれたらしく、レシートを渡すとき親しみのある笑顔を見せてくれた。 昨日は食事を簡単に済ませてしまったので、今朝は種類も栄養も豊富に取る。
 ベルゲン行きは7時4 0分発なので、ホームを探しながら、広い構内を足速に 歩いていたら、バンコクのドクタ一夫妻にばったり出会う。1 6日にトロムソで別れて以来だ。お互いにピックリ、思わず奥さんと主人は握手、時間がないのでほんの数分話して、 名前も住所も聞けずに、4人で束の間の再開と別れの握手を交わした。 どこかで又ひょっこり会えることを望みながら…。
定刻に列車は出発。車窓には一面に、たんぽぽの様な花が、朝日を受けて眩しく映る。 紫のストックに似た花も満開だ。見た事のない野の花花に満喫しつつ、移り行く景色を万年雪飽かず眺める。 ころころ太った羊が群れをなして、牧草を食んでいる。広々とした所で、のんびりと。 白い雲の流れ、遥かに残雪の山並み、牧場の緑、そして海の藍と、大自然の景色、 それに赤い屋根が彩りを添えて、遠く小さい国から来た私達を歓迎してくれた。 だんだん山は深くなり、残雪の中を列車はひた走る。
 長いトンネルを幾つもいくつも抜ける。ミュルダール近くになったら雪が散ら ついてきた。
1 2時2 8分ミュルダール着。屋根の無いホームに降りたら、冷たい雨が降っている。 海抜867mとのこと、小さな駅舎の背後の山には、斑雪があたかも模様のよう。 フロム線に乗り換える。 1 2時3 8分発車。現地の人達が5人位掛けられる長い椅子が通路を挟んで2列に並んでいる。 中程の席にいつものようにゆったり腰をおろす。荷物を置いてもまだ余裕がある。
 後ろの席から「こんにちは」と声を掛けられた。5才と1才の女のお子さんを連れた日本のご夫婦で、懐かしくて声を掛けたとのこと。 ドイツのデュツセルドルフに転勤で来ヒョーズ滝て3年になるが、居るうちにソグネフィヨルド を見たかったのでと、下のお子さんを抱いていた奥さんは言う。 お子さんも交え日本語の会話は弾む。
 発車して2 0分位したら、だんだん空が明るくなり、ヒョーズ滝に着いた時は すっかり晴れて、シャッターチャンスには最高。1 0分間の停車。 写す所が狭いので、乗客は譲り合いつつ、全長93mの滝をバックに、飛沫を 受けなながらシャッターを切ったり、切られたり。(右の写真はヒョーズ滝)
急勾配の絶景はすぐに数多いトンネルにさえぎられてしまう。私などカメラを 向けてもなかなか写せないうちに、5 0分位でフロムまで下ってしまった。
1 3時2 8分フロム着。赤い駅舎を包むように、明るい陽射しを受けた山には 無数の滝が落ち、駅の近くには白いフェリーや観光船が乗客を待っている。 フロムは山とフィヨルドに挟まれた町だ。
デュツセルドルフの家族とは観光ルートが違うので、ここで別れた。 駅のインフォメーションで乗船券を買い、発着場の方へ歩いていたら、 「おじちゃん、おばちゃん」と可愛い声がする。さっき別れた家族の乗った船が 出るところで、4人で「ばいばーい」と手を振っている。 こちらも背伸びをしながら大きく手を振った。
1 4時3 0分フロム発フェリーにて、世界一長いソグネフィヨルド (長さ200km、深さ1 3 0 0 m)から枝分かれしている、末端の アウランスフィヨルドとナールフィヨルドを観光。
                           
そばた

   −− フィヨルドの支裂に入れば目の前の峡谷山の如く峙つ −−

 (フィヨルドとは、太古の昔に後退した氷河の跡に水が流れ込んで出来たとのこと)
 厳しい寒さに育まれた大自然は、力強く透明感があり、その雄大さに吸い込まれ そう。甲板に立ったとたん、日本語がそこかしこから聞こえる。 ツアーの何組ものグループが、いい席を取ろうと仲間の分までおさえて 「ここ、ここ」と大声をあげている。異国の人達が大勢観光に見える所。日本人の身勝手な行動を見て、気分を害したが、 人のことは言えない。私も気をつけなければ…。
甲板は2 0度位。半袖の若者、オーバを着込んだ老婦人、私達は長袖のポロシャツ とそれぞれの体感温度に応じた服装だ。
 雲一つ無い空の下、陽射しを浴びつつ、残雪の山より吹く風を受けて、大きく深呼吸。鴎が沢山ピーヨピーヨとフェリーの回りを飛んで、船客の投げる餌を 待っている。手を出せば届くような近さで見るのは初めて。全体が真っ白で目は丸くて黒く、嘴は薄茶色で長い。大きな翼を広げて、悠然と飛んでいる姿はとても気品がある。 でも大きな餌を狙って口に入れる時の素早いこと、近いだけに怖さを感じる。 フェリーが進むにつれて、だんだん飛んでる数が少なくなり、いつの聞にか すっかりいなくなってしまった。
支流に入ると、緑に赤い屋根や、羊の放牧の景色がここでも続く、 何度見ても自然は飽きない。子羊達が転がるように遊んだり、乳を飲んでいるのを真近に眺めているうち、 小さな村が見えて来たと思ったら、日本語のガイドが聞こえて来た。
「右に見える村落は、今年生まれた赤ちゃんを入れて人口は4人です」
暫く行くと、前より少し大きい村に近ずく、
「この村は年長は101才で、 年少は6 7才の長寿村ですJ
また隣村は「5人の住人で郵便局がある村です。昨年(9 3年)秋篠宮様が 立ち寄られて、ピアノ演奏を聞きました」
「この国でも若者が都会に出て、過疎になったんだろうね。 住むには良い所だけど生活が出来ないもの」と夫は言う。
我が故郷もそうなので、どこの国も同じなのだな…。
残雪の山合いに入るに連れて船上が、だだん冷えて来た。我先にと席を取っていた日本ナールフィヨルド観光船人一行は、さっさと船内へ入ってしまった。 何人か残っていた人達も1人減り、2人減り、だあれもいなくノルウェーの国旗 のみが、強くなって来た風にはためいている前で、1枚パチリ。 (この写真には、どこからついて来たのか1羽のカモメが写っている。 旗のなびいてる方に身体が飛ばされそうな私と共に)

1 6時3 0分、2時間の観光を終えて、グドヴァンゲンに到着。 船の発着場のすぐ横に青色のパスが待っている。少し離れて観光バスが数台並んでいる。ツアーの人達はそれぞれの観光バスに 乗り込んで出発した。
青いバスはヴォス行きで、私達はそのバスに乗る。 1 6時5 0分定員通り乗せて出発。
  峡谷に入ると山の中にいるように思うが、ほとんど海抜Omとのこと。 パスは蛇行している道を一気に這い上がると、水量の多い大飛沫を上げたシヴレ滝を 右に、スタルハイム滝を左に見せて、いろは坂のような道を端ぐように登る。 定員通りの乗客で出発したのが頷けた。今登って来た峡谷を遥か下の方に見ながらまだまだ登る。景観はこの上ない素晴ら しさ。ナーロイ峡谷 1 7時0 5分海抜370mの崖の上にたつ、スタルハイムホテルの前に停車。 ホテルの中庭から見る景色はガイドブックにも載る程の絶景なので、1 0分間位 シャツターチャンスを与えてくれた。中庭に入ったら、ナーロイ峡谷が覆い被さるよう。天気が良いので陰影がはっきり 見えて、それはそれは忘れられない素晴らしい景色。
夫はこのホテルに泊まりたかったが、バカンスの時期で満杯だったとのこと。 数分でも眺めることが出来たのはとてもラッキー。
 1 7時1 5分出発。スタルハイムを後にして、樅の木と白樺の山間を3 0分 ぐらい行くとまたもや大きなトヴィンネ滝が右に見える。 この滝の水を飲むと、1 0年若返ると土地の人は言うとガイドプックにある。 ここにバスは留まらないので、車窓より迫る滝を見つつ、こんなに良い空気を吸い、 絶景に出会えて、私達には最高のリフレッシュと大満足。1 8時ヴォス着。

   −− ヴォス教会戦禍逃れて鈍色の尖塔は青き空に聳える −−

ヴォス教会  ベルゲン行きの列車に乗るのだが、4 0分位時聞があるので、駅から数分の ヴォス教会へ。1277年に建てられた、石造りのゴシック式建築の教会で、 壁の厚みは1〜2mもあると言う。黒い尖った屋根は緑に囲まれて重々しく 聳えている。
ここで一昨日ビィグドイで会ったご夫婦に、「よくお会いしますね」と声を 掛けられた。同じ列車なのでまた会えると思い、お互い軽い挨拶で別れた。 ヴォス発1 8時4 6分にてベルゲンへ。車内で席を探していたら、さっきのご夫婦の 後ろ姿が見えたが、車両が違ったらしく同席することが出来ずその後も会わず終い。
 2人掛けに一人でゆったり座って編み物をしている地元の若い女性が目についた。 その前の席が空いていたので、座るより先に思わず日本語で話しかけたら、 手を休めて、ニコニコしながら編みかけの細長いのを広げて見せてくれた。 ベストのようだ。グレーの太い糸は、1 0号くらいの棒針でプレーンな編み地が 良く合っていた。毛糸玉も見せてくれた。ラベルに毛とアクリル半々の表示がしてある。 いろいろ聞きたかったが、あまり手を休めさせてもいけないと思い、お礼を言う。 頭を下げそうになったのを、笑顔に変えて「サンキューペリーマッチ」と。 また編み始めた手を暫く見ていたら、私も編みたくなった。 手の使い方は私と反対だがゆったり編んでいる。
 トンネルが続く。オスロを出発して1 1時間余り、フィヨルド観光を中心に いろいろメモをしているうちに、うとうとしてしまった。 終着駅ベルゲンに2 0時0 1分着。灰色の古い重々しい建物だ。 ノルウェーの第2の都市と言う。
 1 2世紀から1 3世紀までは、ノルウェーの首都だったとのこと。 雨の多い所と聞いていたが、外へ出ると晴れ渡った空の青さに、吸い込まれそう。2 3時3 0分発のオスロ行き寝台車にはたっぷり時間がある。 ガイドブックに日本レストラン「赤ひげ」とあったので、夫の勘で港の方へ向かう。 歴史を刻んだ石畳を踏み締めて、緑多い山の斜面に、赤やグレーの屋根が並ぶのを 眺め、人通りの疎らな駅前通りを歩いていると、夢のような現実が足裏からも伝わる。

  −− 北欧の古都ベルゲンの石畳歴史を刻む音くぐもりて −−

1 0分程行ったらインフォメ-シヨンがあったので、ベルゲンの地図をもらう。 「赤ひげ」の場所を探したら、今来た大通りを右手に折れて、直ぐの路地を駅の 方へ少し戻った所に、日本語の「赤ひげ」の看板が目に入った。
2 3時までオープンと書いである。まだ2 1時をまわったばかりだ、中に入ったら、 目の前の大きな紺の暖簾に、日本語で魚の名前が染め抜いである。 中国人のグループがすき焼きを食べてる最中で、あの独特な匂いが、店内に 広がっている。日本人らしい一人の女性が本を読みながら、注文の品を 待ってるほかは、広い店内には私達だけなので、4人掛けのテープルに席を取る。
 日本の雰囲気そのものねと夫と話していたら、赤髭ならずカールした黒髭を 蓄えたボーイがオーダーに来ので、「マスターデスカ、リッパナヒゲデスネ」と 夫が聞いたら「ノ-」と言う。「クロサワ、アカヒゲ、ムービー」と言ったら にこにこして首を傾けながら「プリーズ」とメニューを見せてくれた。 日本文字で定食や一品物が数種類記してある。刺身と天麩羅の定食とビールをオーダーしたら、「キリンビア-?」と聞く、 夫と顔を見合わせて「えっ! キリンがあるの」と日本語で言ったら、通じたらしく、 両手で瓶の大きさを示してくれたので、2本たのむ。
お料理がくる間、店内を見回したら、奥もあって大部広い。 蛇の目傘、写楽の絵凧、舞子さんの額絵などが飾ってある。
暫く待たされたが、ビールとジュージュー音のするサーモンの照り焼きが運ばれた。 ビールは大瓶と中瓶の間位の大きさだ。きっと海外用に製造してるんだねと夫は言う。 今日(約1 4時間)の行程を無事終えたことに感謝して夫にビールをなみなみ注ぐ。 厚切りのサーモンは脂が程よくのって少し甘あじだがとても美味。 刺身は寿司用の器に鮃、貝柱、サーモン、牛(鮪はなかった)と寿司ねたの ような切方で、大盛りだが、とても上品な盛り付け。板前さんは現地の人らしい。
刺身の大好きな夫は、舌づつみを打って大満足。
3 0分位したら、私の好きな天麩羅をもって来た。海老、イカ、茄子、しし唐、 などやはり大盛り。早速あつあつを頬張る。良く揚がっていて美味しく、ビールも進む。
日本米の御飯も良く炊けていた。おしんこも味噌汁も日本の味。
 初めはこんなに盛り沢山でと思ったが、2人とも久方振りの和食を心行くまで 味わう。ベルゲンは通過する予定だったのが、トロンハイムでホテルが 取れなかったお陰で、思いがけない食事が出来た。個人旅行ならではのハプニングもまた楽しい。
2 1時をだいぶ過ぎていたが、レジの人は笑顔でお勘定をしてくれた。
 外はこんな時間なのに夕暮れの明るさ。この町は山が海岸線まで迫り、 猫の額ほどの土地に、木造の家が密集しているとガイドブックにあるが、 駅までの裏通りからは、なるほど目の前の山肌に、白い家が密集しているが、 暮色に個々の家は大きく浮かぷ。
腹ごなしに、駅前の大きな公園の池を散歩がてら半周。
 2 3時3 0分ベルゲン発オスロ行きの夜行列車は、ドイツ製の頑丈な大きい車両だ。 1 6日のトロンハイムからオスロまでの夜行列車の座席と違い、寝台車だ。 地元の人には狭いと思うが、私達には広い室内だ。しっかりした2段ベッド、洗面台、ロッカ一、簡易トイレと至れり尽くせりの 設備に驚く。
出発して、2 0分位したら検札に来た車掌さんが明朝の食事はいるかと聞く。 オスロ駅のレストランで食べられるとのこと、「イエス」と言ったら、 券を2枚くれて、「グッナィ」とドアーを静かに閉めて行った。 我が国の寝台車と違い、振動や音が全然気にならない。 2 4時就寝。




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