北 欧 旅 日 記 
(その3)


M I (自治会員の方です)



6月1 5日(水)
 6時頃目が覚める。1 2度で肌寒い。 6時半にチェックアウトを済ませる。昨夜と違うフロント嬢は、前髪をちょんと結んだ素肌のとても締麗な背の高い ステキな人。7時からの朝食の時間には未だ早いのに「ブレックフアースト、 プリーズ」と言って準備中にもかかわらず食堂へ案内してくれた。 焼きたてのパンの香りにお腹がグ一、自家製のチ-ズにハム、紅茶にたっぷり牛乳を 入れて、この国では貴重な野菜サラダのレッドピーマンの程よい甘み、それぞれ おいしく頂いていたら、さっきのお嬢さんがナプキンを敷いた寵に茄でたての卵を 入れて、テーブルまで「プリーズ」と微笑みながら運んでくれた。 気配りがとても嬉しい。満腹なので、2個貰って上着のポケットへ。
 フロントから朝食の準備まで彼女が一人でやっているが慌てず接し方もゆったりと している。国柄かお人柄なのか、見習うことが多々あるのを感じた。 沢山食べて身も心も暖まり大満足、最後にサインをしたら彼女が「ケタ?」と聞く ので「イケダ」と言ったらにっこり領いた。
 7時ホテルを出たら空も空気も澄み渡り、近くの残雪の山の素晴らしいこと。 深呼吸をして身の隅々までたっぷり新鮮な空気をいれる。お土産に出来ないのが残念。 バス停まで2、3分の間に昨夜は気が付かなかったが大きなお店があった。 衣類や薪や炭、ペンキの大きい缶も目につく。夏とは言え一日の寒暖の差が激しい。 二か月程の夏の陽射しの下で家の回りや塀のペンキ塗りを家族で楽しみながら、 日光浴を兼ねて長い冬のために修復するのだろうねと夫は言う。 ナルヴィツクもそうだった。
 7時1 5分予定通りバスはノール・カップへの最終宿泊地、ホニングスヴォーグへと むかう。 9時3 0分オルダーフィヨルド着。2 0分休憩、一軒しかないお店で手作り ケーキと紅茶を頼みセルフサービスなのでダンロの前のテープルへ。 ダンロは大きな石造りで上には白樺の木に焼き印でノール・カップの地図が飾つで ある。ケーキは少し甘いが紅茶は苦みが強いので、砂糖をいれずミルクをたっぷり入れて とても美味しく味わう。

 −− 北の果ての小さき茶房に暖とりて白夜の明けを夫と惜しみぬ −−

 バスに乗り換えてそのままフェリーへ、バンコク夫妻にまたバスの中で会う。 お互い目で挨拶しただけ (後にこの旅での親しい人達になろうとは思いもしなかった) 船上は寒いがアノラックを着て、雪山やあまりにも静かで吸い込まれそうな水面を暫く眺める。二度と見る事が出来ない風景を目に焼き付けながら…。
 1 2時1 5分ホニングスヴォ-グ着。ノールカップは岬であって町ではないので この街が玄関口とガイドブックに出ていた。本当に最果ての地に立てたことが夢の ようだ。
 SASのホテルヘ1 2時2 0分チェックイン。部屋の掃除が未だとのことで 1時間位待つ。その間昼食をとろうと街へ出たら、港町なので夜の店が多い。 ぶらぶらしていたら小さなスーパーがあったので牛乳にパウンドケーキ、果物を買う。 ここでも手の平にコインを並べたらレジのおばさんが必要なだけ取って品物は袋に 入れずにシールも貼らず渡してくれた。
 明日のトロムソ行きの搭乗券とホテルの予約を取ろうとインフォメーションへ 寄ったら混んでいる。狭い所に大きな荷物が二つ置いて有るので、見回したら バンコク夫妻がカウンターに。奥さんが気付いて「あなた達も?」と言う表情。 夫が英語で話しかけたらぺラペラの英語で今夜のホテルを探して貰ってると言う。 私達は、トロムソかトロンハイムのホテルを探してもらったが取れないとのこと なのでひとまず、SASへ戻って明日以後の行程をゆっくり考えようと、 バンコク夫妻と別れた。町を一回りして1 4時頃ホテルへ着く。 カウンタ-嬢が待たせたとのことでノールカップ・トラベルのバッジを二つくれた。 部屋で軽い昼食をとりぐっすり眠てしった。自が覚めたら1 8時だ。 小雨だが散歩がてら夕食をしようと外へ、港の方へ出てみたが開店には未だ早い。 お土産店に入りセーターを見ていたら店員にカラフルな子供用を勧められた。 ハンドニットは日本ほどではないがだいぶ高い。北欧ニットの伝統模様を白黒で 編み込んだのが気に入ったが私にはとても大きいので諦めた。
 雨が止まないのでホテルに戻ってディナーを。出発して一週間、夫のお陰で予定通り 当地に無事着いたことを感謝して白ワインで乾杯。スパゲティにサーモンソースを かけて妙めたブロッコリーを添えたのを二つとったら大皿なのでー皿残してしまう。
  夫はワインがとても美味しいと殆ど一本聞けてしまった。 ノールカップ行きのパスが2 2時5 5分出発なので、2 1時頃ディナーを終えて部屋 に戻る。私はワインが効いてうとうとしていたら、パタンと音がするので驚いて 飛び起きた途端目の前がまつくら。数秒で元に戻り音の方を見たら夫がのびている。 一瞬目を疑った。ワインを飲み過ぎて急に動いたので脳貧血を起こしたらしい。 顔色がいいので顔を軽く叩いたら、日を開けた。
 その間2、3分の事だったがとても長く感じた。ほっとして暫く休んだら、二人とも酔いも眠気も覚めて元気になり、バスの発車時間 なので外へ出た。小雨だが日中のように明るい。ラップランドのカラフルな衣装を 着た男性が、観光客向けに港で手作り品を売っているのが遠くからでもよく見える。 客は誰もいない。彼はこちらを見ていたので私達が行くのを待っていたようだが バスの出発時刻になってしまい期待にそえなかった。4人しかいない乗客の中で私達だけ外人。他の2人は土地の人らしく到着するまで 話をしていた。会話は早い「ヤァ」が度々出てくる。
 しばらくして「Yes」の事だとやっと分かったが、それ以外は全然分からない。 樹木は1本も無くツンドラと民芸品を売るテントが2、3張り、それに名物の棒鱈が、 凍原の空の下に太いロープで何本も吊しである。初めて見る景色と、夜中なのにこんなにも明るい不思議さに目を奪われていたら、 あっという間に到着。
ノールカップ 2 3時4 0分念願のノールカップの地を踏むことが出来た。
夏だけ営業しているという北岬ホールへ。内部はレストラン、カフェ、土産店と 郵便局があり、ノールカップ到達記念スタンプ付きの絵葉書を息子宛てに投函する。 「ノールカップ到着証明」も3 5 N kr (1 N kr = 1 7円)で発行してくれる。 窓口で到着証明書を頼んだら受け付けの若い男性が「ドコノクニ」の文字がいいか と聞くので夫は「 English」と言った後で、冗談に「Japan」と言ったら 英語と日本語と2枚出してくれたのにはピックリ。英語には夫のサイン、日本語は私のサインをその男性が目の前で書き込んでくれる。 2枚ともフルネームをとても上手に書いたのを見て夫が「 Nice Writing」と 言ったら「 Thank you Bye Bye」と笑顔で手渡してくれた。
 午前O時。7 1度10' 21" N、念願の岬の先端に立つ。二人とも大感激。

  −− 念願のノールカップに夫と佇てば小雨に烟る真夜の太陽 −−

2度Cの寒さで生憎の小雨に真夜中の太陽は拝めなかったが、チャンスがあったら また、きっと来ようと、夫と話しながら記念写真を撮る。
 先端の周囲には金網の柵が張つであり、307m下の海に落ちる心配は無いが、 絶壁が海に直結していることをガイドブックで知り、ちょっとスリルを味わった。 ホニングスヴオーグへ帰る終バスが1時1 0分に出る。時間が有るのでパノラマを見る。
 北極海の1年が写される。半年以上も寒さに絶え、夏の数か月を太陽と暮らす人や 大自然の迫る画面を吸い込まれるように見入る。2 0分位だがとても見応えがあった。
土産店にてフェルトとニットで出来たグレーのジャケットが夫のサイズに合う。 胸に「 Nordkepp、7 1度10' 21"」と刺繍がしである。サンバイザーにも同じ文字がプリントしてあるので、記念にジャケットと一緒に買う。
 1時1 0分定刻にバスは発車、ここには宿泊設備が無いので最終バスとあって ほぼ満席の乗客だ。夜中の2時ホニンスヴォーグに着く。これが真夜中かと疑う程の明るさのなかをホテルに到着。今日も日程を無事にこなし、この旅一番の目的であるノールカップに立つことが 出来た喜びに浸りながら就寝。



6月1 6日(木)
 8時頃朝食をとる。今日で旅に出てから一週間、この国の食べ物に、胃も舌も慣れたせいか、 無事に目的を達して心が落ち着いた為か、二人とも食欲が出てきた。 種類の豊富なバイキング料理をゆっくりたべる。昨夜のノ-ルカップに足跡を印して、感動したことなどを話しながら…。
バンコクの夫妻が、席を探していてこちらに気がついた。 広い食堂なのに各国の旅行客でいっぱいだ。私達より大部離れた所に席を取る。 食事を終えて、別れの挨拶iこ彼等の席へ。奥さんがすぐ立って空いた隣の席の椅子を引き「プリーズ」と私に進めてくれた。恐縮して座るが表現が出来ないので深く頭を下げた。
(お国柄か、お人柄なのか、どちらにしろ見習わなければと思った)
ご主人の隣に夫が座り、お互い向かい会った。奥さんがコーヒーを運んでくれて、私より1 0才位若いのにほんとによく気がつく。
 コーヒーを飲みながら、暫く話しをした。といっても奥さんと夫の英会話。 夫の通訳によると、ご主人は小児科医で、奥さんも仕事を持っているとのこと。 学会に出席のためストックホルムに来たので、奥さんも一緒に来て北欧旅行をしている。日本は2回行ったとか、トウキョウ、コガネイなどの単語も出て、 ぺラペラの英語で楽しそうに話しては、時折ご主人にタイ語で通訳している。 違った国の人達との語らいに、さわやかな朝のひとときを過ごして、 お互い「いい旅を」と握手をして別れた。
ざっと食堂を見渡したら、国際色豊かな旅行者の中で、アジア系の顔は我々4人だけ。

 そういえば、ストックホルムからの列車で会った女医さんも、学会に出るため ポルトガルから来たと言っていた。思いがけず二組のお医者さんと会話ができた。 フロントに備えである分厚い旅行記帳に
      “真夜中の太陽を見にもう一度
       ノールカップに来れることを願う。
       1994.6.1 6  池田誠吾、美江子"
                          と記入した。
 1 0時チェックアウト。時間があるので、インフォメ-ションのある建物の 2階の生活博物館に入る。古い手織り機に糸繰り用の道具、糸を紡いでいる人のセピア色の大な写真、 裂き織りのボロボロになった布、等身大の人形が高機を織っているコーナーは とても興味深く、織物の原点に触れることが出来た。
 1 1時頃雨なのでタクシーにてホニングスヴオーク空港へ、1 5分位で着いた。 小さい空港には乗客が殆ど見えない。出発まで少し時間があるので、コーヒーを飲みながら封筒に詰め込んだ1週間分の 色々なパンフレットや資料の整理をしていたら、バンコクのご夫妻に声を掛けられた。 今朝が最後だと思っていたのに、偶然にもトロムソ行きの同じ飛行機に乗ると言う。奥さんと主人は時刻表を広げて「デパーチャ」だの「アライブ」だのと話している。
SASのプロペラ機で雨のなかを1 2時3 0分トロムソへ向け離陸。 暫くすると上空は晴れ渡り、あまりの青さに見入っていたら、残雪の山とメルヘンの ような赤い屋根の村が見えて、間もなくハンメルフエストに着いた。 乗客は誰もいない。配達用の荷物を乗せて直ぐ出発。上空からのフィヨルドの眺めは輪郭がくっきりして、地上とは違う景色はまた 素晴らしく移り変わる。雲の流れは早い。機窓には薄く氷がはり、機内もだいぶ冷えてきた。 太陽の光が眩く、天国に一番近いところを飛んでるよう、見下ろす雲がだんだん 小さくなっていく。
 1 3時5 5分トロムソ着。ここでバンコクのご夫妻と別れる。 住所も名前も告ずに、もう会うこともないと思いながら「 Good-bye」と手を振る。 この街はこじんまりしていたが、ホテルが林立している。 世界最北の大学が在ると聞いた。
 SAFF機に乗換えてトロンハイムへ。機内でティータイムに焼きたてのパンとコーヒーを背の高いスチワーデスが 身を半分位曲げて、私達に「プリーズ」と微笑みながらテープルの上に置いてくれた。 少し寒い機内にあつあつのシナモンの味のパンとコーヒーのおいしかったこと。 澄んだ空に白い雲そして雪の山と、素晴らしい景色は続く。
1 5時1 0分ボードー着、北極圏に在る都市では2番目に大きいとのこと。 乗換えまで30分足らずなので街へ出れなかったのは少し残念。1 5時4 0分発トロンハイムへ、席に着いたとたん、うとうとしてしまった。1時間足らずで到着。ホニングスヴォ-グを発ってからプロペラ機を乗り継いで 4時間の空の旅は終り、空港からパスにてトロンハイムの駅へ向かう。 中世には、ノルウェーの首都だったとのこと。道幅は広く車窓からもゆったりした 街の様子を見ることが出来た。
 1 7時3 0分駅に着く、インフォメーションでホテルを探してもらうが当日の 空きは全然無い。ユースホステルは2、3あるが遠すぎる。 今までは、前日に予約しておいたので順調に来たのだが、昨日インフォメ-ションで 予約を頼んだらどこも塞がっていた。でも当日キャンセルがあるかもしれないと 期待した。ところがこちらは今が夏休みとあって…、考えが甘かった。 さて困った今夜は野宿かしら、夫は駅の構内のポスターを見たり、時刻表を調べて いるが、いたって呑気な顔をしている。
色々考えた上、夫は夜行でオスロへ行くことにしようと、2 2時2 5分当駅発の 列車の切符を取った。
野宿しなくて済んだと思った途端、お腹がすいてきた。 荷物をコインロッカーに入れ、取り敢えず駅のレストランにてゆっくり夕食をとる。 食事を終えたら1 9時を回っていた。お腹が満ちて、回りを見渡すゆとりが出てきた。だいぶ広いレストランだ。 お客はちらほら、大きなガラス戸越しに自転車が整然と並んでいるのが見える。 駅の回りが広々としていて邪魔にならなく、見苦しくない。外は真昼のように明るい。2人とも疲れていたので街に出るのをやめにした。 夫はプリントの整理や、これからの旅程を立てている。
(当初予定していた行程は、トロムソもトロンハイムもホテルが取れないため、 残念だが諦める)
私は知人や友達に絵葉書を書く。
 時折り窓の方を見ると、高い陽射しの中、駐輪場で若者達が楽しそうに話してる 様子や、自転車に寄り掛かりながら、リップをぬっている女子学生が見える。 この国では若い女性はほとんど素顔だがとても締麗、唇が輝いていると思ったら リップスティクナなのだと、秘密がわかった。
2 0時半を回った頃夫は一段落したようだ、私も太陽の明りで絵葉書を書き終えた。 切手が楽しみなので自分宛てにも1枚書いて、駅前で投函。
 わが国では特別な所を除いてトイレはどこへ行っても無料だが、この国は ホテル以外は有料のようだ、2 ' 5 NKr (1クローネ=約2 0円)。この駅で私は5KRコイン1枚が無かったので1KR5枚を入れたが ドアーが開かない、入り口に書いであるのを見ても数字の外は全然分からない。 居合わせたでっぷりしたおばさんが、手振りで教えてくれるがこれも分からない。 夫に「 5 K R入れたけど開かないの」と言ったら、笑いながら専用のコインに 変えて投入するとのことで、そのコインに変えてきてくれた。 変えたコイン1枚でドアーは開いた。取り消しは効かないので5KRはそのままだ。 ささやかな「ご苦労ね」料だと夫は笑っている。
 2 2時を回ったし、荷物をロッカーから取り出し、オスロ行きのホームへ。 疲れているので間違えて乗ったら大変だと思い、キップと行く先をてらしあわせて 確認。既にホームに入っている列車に乗る。例によってゆったりした座席に着いたら、疲れがどっと出て2人とも口も 利けない程ぐったり。今日も変化に富んだ一日だった。 ホテルが取れないハプニングの為に強行軍だったが、ともあれ眠る所があって ほっとする。
 2 2時2 5分定刻通り発車。同じ車両には若者のグループが二組と私達だけだ。 若者逮が、がやがやしていたが、私はその声さえも子守歌のようにいつのまにか 寝てしまった。夜中2時頃寒さで目が覚めた。夫は反対側の席で、小さい声で「そろそろ日の出だよ」と手招きしている。 東の空が明るく広がってとても綺麗。太陽が顔を出した瞬間は例えようもない。 夫は冷えて眠れなかったお陰で、素晴らしい日の出が見れてラッキーと…。 若者はあっちもこっちも座席の下で寝袋に入ってグーグー。 大柄なので下のほうが寝やすいのか、慣れたものだ。
夫は疲れ切ったらしく、いつの聞にか軽い鼾をかいていた。



6月1 7日(金)
 列車にて6時頃目が覚める。窓を開けて眩い太陽を受け、爽やかな空気を吸い込む。 若者達からも賑やかな話し声が聞こえ出した。夫も少しは寝たようで7時頃起きた。 7時3 0分オスロ着。ともかく腹ごしらえと駅のレストランへ。 この時間だからなのか、家族ずれの旅行者や学生で満席。セルフサービスだが、レジでは慣れたもので、トレーに乗せたどんな少しずつの 品でも勘定は早い。こんでいるので、のんびりレジを打っていられないようだ。 相席なので、周りの人達の大食に驚いたが、私達もつられて少し食べ過ぎた。 ストックホルムで紹介されたNETトラベルサービス社へ行くため、キヨスクで オスロの地図を買う。
 今日はホテルが取れますようにと朝日に祈りつつ、地図を便りに方角に強い夫の 後から大通りを4 0分位歩く。旅行社のマークを見つけた時は2人で思わず「あった」と大声を出す。 社名が長いので改めて確認する。大きなビルの2階がオフィスだ。 入り口のドアーが押しても引いても開かない。丁度中年の女性が来たので、夫が 入居社表示のNET社を指して聞いたら、「イエス」と言ってカードでドアーを 開けて、エレベーターで2階へ案内してくれた。その人は、このピルに勤めているらしく、そのまま上の階へ。 お礼の言う間もなかった。
 9時4 0分頃頼みの綱の旅行社に着いた。受け付けには誰も居ないが、奥から日本人の3 0才くらいの社員が 「おはようございます」と言いながら出て来てくれた時は、ほっと肩の力が抜けた。 約一週間ぷりで夫も日本語が思う存分話せて、今日から5日間の滞在出来るホテルを 探して欲しい旨を詳しく説明することが出来た。急なことでなかなか見つからないと言いつつも、一生懸命探してくれている。 その問、深いソファーにもたれて私は、見つかる事のみ祈っていた。4 0分位たったろうか、「取れました」とメモを示してくれた時の嬉しかったこと。 オスロ駅からは少し遠く、古いけれどと言いながら、「IMI」と言うホテルを、 地図で教えてくれた。賛沢は言えない。見つかっただけで有り難い。「 SASホテルの近くです。1 2時過ぎないとチェックイン出来ないので」と 言い添えて下さったN社員に、深々と頭を下げて旅行社を出た。
 このビルの1階のウインドーに、毛糸が並んでいる。セーターショップのようだが 開店していないので、入れないのが残念。天気はいいし時間もたっぷりあるので、今度は市街見物を兼ねSAS (スカンジ ナビア)ホテルを目指して大通りを歩く。
信号を待つ間、地図で確かめていたら、70才位の紳士が後ろから声をかけてくれた。 リックを背負って、小さな荷物を片手に小柄な日本人が2人、マップを広げて 困っているように見えたらしい。
「IMI」ホテルを聞いたら、方向を指して教えてくれた。
夫が英語で受け答えしたが、少し心配と思ったらしくSASホテルの近くまで 案内してくれた。にこにこしながらここを曲がればすぐと、指で示してくれた。 せめてものお礼に2人して「サンキューペリーマッチ」と丁寧に握手をしたら、 とてもいい笑顔が返ってきた。今来た道をもどって行く紳士。仕事の途中にもかかわらずわざわざ同行して 下さった親切に深く感謝しつつ、背の高い後ろ姿を見送った。
おかげで、I M Iホテルはすぐに見つかった。1 2時前に着いた。小さいホテルかと思ったら、元の建物は古いが、 建て増ししてあり奥行きが広い。チェックインしたけど、やはり部屋の掃除が済んでいないとのことで暫くロビーで待つ。 客が次から次と入って来てロビーは一杯。クリスチャンやミュジック関係者が利用するホテルのようで、聖歌隊とか 楽器を持った人達や、学生が多い。キャンセルがあったのだろうか、急なのによく私達の部屋が取れたと思い、 あらためてNETの方に感謝。
 案内された部屋は旧い。何世紀も前の建物をホテルにしたらしく、 「各部屋にトイレやパスが付いてないのは配管工事が出来なかったのじゃないかなあ」 と夫は言う。
フルネームが付いてる部屋が幾つかあるのは、長期滞在の作家や学生のようだ。 部屋には洗面所、本棚付きの机、広いロッカーにテーブルが付いている。 5日間滞在できるので、安心したせいか1 4時頃から2時間程寝てしまった。 夫は昨夜の寝不足や、ホテルがとれるまでの活躍で心身共に疲れていたらしく、1 8時まで一眠り。
オスロ いつも通った杜 2人ともすっかり元気になり、街を見物がてら食事をしようと外へ出る。
1 9時なのに舷しい程の陽射し。
ホテルのそばには、王宮とこんもりとした森があり、木陰に遊ぶ親子、 子犬より小さいペット(残念ながら名は知らない)を放して、木洩れ日をうけ 草原に寝そべっている人。
若いカップルの語らいと長閑かな光景を見ながら、森を抜けると王宮に通じる カール・ヨハン通り。
オスロ港も近い。
 港へ出る途中の通りで、黒の上下に金ボタンや金モールを付けた制服で演奏を している楽隊を暫く見てから、露店通りをひやかしながら歩いていたら 中華の店を見つけた。
 スプリング・ロールのセットには春巻、酢ぶた、牛と野菜の妙め物、 スープに御飯と種類も盛りも多い。オスロまで無事来れて、心配したホテルも とれたのは、みな夫のお陰と感謝を込めて、ビールを注ぐ。
9日ぶりにお米を食べた。米不足の折り中国米を食べたので気にならない。 現地の客もだいぶ入っていて春巻やお粥を箸で上手に食べている。 後ろから日本語が聞こえてきたので振り向いたら、サラリーマンらしい人達が5人、 円形テープルで、だいぶいい機嫌になっていた。
日本を出て今日までにフランクフルトと旅行社の社員、それに旅行中の女性 と3人の日本人きり会わなかったのに、大都市に来た途端、日本語を聞いて一瞬 横浜の中華料理店にでも居るような気がした。
勘定をしようと夫が席を立ったら、オーダーを取りに来た愛想のない中国人の ウエイトレスがさっと勘定書を持って来たので、日本の感覚でテープルの上に お金を置いたらあっという間に、鷲掴みにしてエプロンのポケットに入れてしまった。 夫と私は呆気にとられてぽかーんと見ていた。その後レジを通すのかどうか、 それぞれの国のやり方なのだろうが、「せっかくの美味しい食事もあと味が わるかったわね」と夫に言ったら、「従業員は歩合制じゃないか」と言う。 それにしてもあの掴み取りには驚いた。
満腹なので裏通りを散歩がてらホテルへ向かう。
露店で可愛い店番の女性に気をひかれ、大粒の苺を1パックとバナナを1房買う。 真っ黒な細い棒のようなのが箱に入っているのを指して夫が「これなあに」と 日本語で聞いたら答えてくれたが、分からないでいると、縦笛を吹くような仕種をして食べ方を教えてくれて、かわいい笑顔で1本を袋に入れサービスしてくれた。 バナナは輸入経路で高くついてしまうのか、1本売りだ。1房買ったのでその お礼らしい。私は日本より安いと思ったのに…。
言葉は通じなくとも暖かい心にふれて、「サンキュー」と言ったら「バイパイ」と 手を振ってくれた。中華店での嫌なことがすっかり消えて、明るい陽射しの中、 果物の袋を大事に抱えて、2 2時頃ホテルに戻った。
清水のような水道水で早速苺を洗って、食べたらとても美味しく、ほろ酔いを 冷ましてくれた。



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