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魔力と魅力

東 健男


 今から何十年か前、私が若かりしころ、音楽会にはよく行きました。そのころ「労音」やその他の音楽愛好家のグループ主催の音楽会が全盛時代だったのかもしれません。時には、なけなしの金をはたいて有名な海外演奏家の演奏会を聞きに行きました。邦人や外人の演奏を聞いているうちに、語呂合わせではありませんが、魔力を持った演奏、魅力ある演奏、また無力な演奏があることがわかってきました。
 私は誠に勿体ないことながら、演奏を聞いているうちによく眠るのです。無力な演奏を聞いている時は、退屈して眠ることもあります。逆に、じれったくて眠れない場合もあります。
 魅力ある演奏では、ついうっとりして眠ってしまうのです。ヴァイオリニストのヤッシャ・ハィフェッツやアイザック・スターンなど、ピアニストのアルフレッド・コルトーなどの演奏会でも、うっとりして眼をつむった次の瞬間、眠っているのです。「ああ、また眠ったか」と反省したものでした
 ところが、私を眠らせてくれなった演奏家がいたのです。それは、バリトン歌手ゲルハルト・ヒュッシュとピアニストのヴィルヘルム・ケムプフです。
 なぜ眠られなかったのか。それは演奏の態度からくる緊張感というか、眼に見えない力で引き込まれてしまって眠られなかったのです。
 「ヒュッシュは決して叫ばない」とか「ありあまる声量をコントロールした表現」と言われていました。聞いていて確かにそのとおりで、ドイツ・リートを歌う時など音と言葉を非常に大事にした歌い方というより「語り方」だったと思います。それと彼独特の態度とが聴衆を魅了したのだと思います。
 一方ケムプフは彼自身の特徴を、彼の名前の綴りK e m p f fの末尾にfが2つあることから「ケムプフはフォルティッシモ」と言っていたそうですが、私が思うに、ケムプフの本当の威力はpp(ピアニッシモ)にありました。それと「間」の取り方。それらのことが一種の催眠状態を創り出し、聞いていて息もつけないように聴衆を引きつけていったのだと思います。 こうなると魅力の上の段の「魔力」と言うべき力ではないでしょうか。それ状態を創り出したものは何か。この二人の演奏家に共通しているものが、何かあるような気がします。少なくともffではなかったように私は思います。

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更新日:2010年2月20日
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