トイレ付きバス旅行

大曽根 悦朗

 下田東急ホテルには特別な意味がある。36年前の新婚時に訪れたホテルである。家内は、かねてから一度は行ってみたいと思い続けていた。
 2007年2月11日(土)、12日(日)の2日間。旅行会社のツアーに便乗した。
「トイレ付き豪華ベンツバスで行く、伊豆半島花めぐり」。
 ごたぶんにもれず、家内のお膳立てに乗り、計画中は上の空で返事をしていた。いざ決まって見ると、11日はクラブの新年会。翌日はエッセー教室。今更、キャンセル出来ないと、妻のきついお告げで、二つは欠席することにした。ここは従うのが、最良の策であると判断した次第。
 土日に日程を決めたのは、息子どもに犬の面倒を押し付けられるからだ。ペットホテルに預けると、四日分の費用がかかり、一日中ゲージに入れられているのが可哀想だという理由である。2人で家を空ける時の最大の問題が、お犬様。
京王八王子駅前から十六号バイパスを経て、南橋本を抜けて厚木に出るルート。南橋本の立体交差が完成して、どう変わったか興味があった。立体交差になるまでは、行きも帰りも、南橋本を抜けるのは大変だった。特に帰りは、長い渋滞を覚悟させられた。それが比較的スムースであったので、イライラしなくてすんだ。
 厚木・小田原道路を抜けて、湯河原梅林に向かう道路も大変な混雑。やっぱり休日は駄目かとの悔いが残るが、お犬様のことを考えると止むを得ないのだろうと納得。
 湯河原梅園の梅は、一本の紅梅が1分咲きぐらいで、あとは硬い蕾がへばりついているだけ。タダだから我慢もできる。
 次の河津桜は桜祭りの初日。少しピンクがかった蕾がちらほら。今年は、例年になく遅れていますという情報は、バスの中で聞いていたので直ぐに諦めもつく。例年の桜祭りの始まるころは、3分ぐらいは咲いていたとのこと。なんとコンマ以下の咲きだ。ピンクの蕾を探すのがやっと。そのかわり、ピンクの桜祭りの幟だけが寒風に吹かれて華やかなのはわびしい。淡い日差しがかげる頃は、余計に寒々しい。川に沿って植えられた桜もまだ若木で、これから売り出そうと必死であるのがよく分かる。
 結局、地元農家の昔ながらの梅干と桜の花の塩漬け、川えび、茨城産のピーナツを買い込んだ。変わったお土産ぐらいにはなるだろう。地元の即売場では珍しい物を見つけた。うつぼの干物である。TVで地元の人の珍味であると知っていたので、なんとなく姿で直ぐ分かった。買ってみたい心境とためらいの心境が葛藤していた。
「お客さん、買ってください」
 若い女性の声に、思わず顔を見合わせてしまった。するとさらに、
「私を、買ってくださいよ……」
と、強烈なパンチ。とっさに、
「もう駄目なんだよ、寝姿山でね。寝てばかりいて……」
 母親らしき女性からの追いうち、
「いいんですよ、お手伝いさんでも……」
 これだけの短い会話であったが、このバス旅行の最大の楽しい大人の会話であった。
今回の最大の目的地、下田東急ホテルへ。着いたときは、夕食時間の六時まであまり時間がない。あの格式の高かったホテルが、ツアー客を受け入れるようになったのは、時代の流れを物語っているのだろう。都市型ホテルとして、浴衣、スリッパでの徘徊は厳禁であったはずだ。今は大浴場と露天風呂を備えての団体客の受け入れ態勢。浴衣・スリッパは部屋と浴室の往復だけと制限しているところに、昔の矜持を保っているといえる。
 36年以上も前のホテルのたたずまいは変わっていないが、こんなこじんまりしていたかなという感慨であった。暖房の効いた館内は、薄着でも快適である。夕食後のゆったりとした入浴。露天風呂に浸かりながら、コンペートウのような星型が切り抜かれた漆黒の空眺めていた。崖の上に立っているホテルに強風が吹きつけている。テーブル椰子が震える音がしているだけで静かだ。
 翌日は、朝方は雲の多い1日の始まりであったが、石廊崎に着いたときには、気持ちよく晴れ上がっていた。湾内の遊覧船に乗らずに、岬の散策道を登っていく。過去のイメージとどうしても一致しない。石廊崎から下田まで遊覧船に乗ったのは覚えている。植物園があって、そこから乗り場まで下って歩いたかすかな記憶がある。
 登り詰めた所に、閉鎖した温室や薄汚れた建物がうらぶれて建っている。その時は、気がつかなかったが、書いている内に気づいた。きっとバスでこの近くにきてから、船着場に歩いたのではないか……と。すると、記憶の下るというイメージとピッタリだ。
 現実は変貌し続けている。自分もまた変わっている。ある時、はたとその大きさに気づくのだ。
 次のアロエセンターは早々にして、花狩りの会場へ移って行った。アロエが群生していて、一斉に花を付けているが、ほとんど人の注意を引き付けることはない。
 花畑の色とりどりの金魚草や金盞花、芳しい水仙等に引き付けられてしまう。一人十本の花狩りに夢中になっている。極楽鳥、3本500円は安いらしい。さらに豪華な雰囲気を与えてくれる。
 次のみなみの桜も、河津より南ではあるが、同じような状態。桜を諦めると、突然菜の花が気になりだした。きれいというより、美味そうに見えてくる。花の無い木桜を見るよりは、菜の花を食べようと思いついた。土手の下に菜の花が咲いている。蕾をかなり付けている。辺りを歩き回る。家内は、足湯など浸かって諦めムード。摘んだ菜の花を見せると、がぜん興味を示した。
「買うと高い、柔らかくて美味しそう、お土産になる」
 地面ばかり見て徘徊している。大きい菜の花畑での撮影も、結婚式のイベントもまったく興味を示さない。種が飛んで、土手や畦にも菜の花が咲いている。
 お裾分けするぐらいは、採れたが、既に集合時間になっていた。騒いだ採集民族の血が、収まり、2人で十分満足していた。今回の旅行の元が取れた気がする。それにしても、菜の花を摘んでいる人は、全く見かけなかったのには驚きである。花の中での記念撮影に余念が無いのだ。これだけの人が、摘んだら丸坊主になってしまうだろうなと思うと、恐ろしくなる。やはり、我々だけが異常だったのだ。
 金目鯛料理の昼食。正しくは金目鯛の煮付けをメインとした、合鴨のおすいとん膳は、美味しい。特にすいとんは、しっとり感もあり歯ごたえもあり、一味違う食感であった。早速、秘伝の粉を購入。すいとん入りのトン汁、菜の花のおしたし、川えびと菜の花のてんぷらを想像するだけで、食欲がそそられるる。
 残り河津の吊るし雛を見学して、中伊豆を通り沼津インター向かってバス走る。途中浄蓮の滝を息をきらせて見学。あとはわさび工場と海産物店に寄るお決まりのお買い物コース。 高速では途中、事故の影の渋滞にぶつかってしまったが、予定した午後8時少し前には、京王八王子駅前に着いていた。
 バスのトイレは、小さな女の子が一人使っただけのようだ。どうも、衆人監視の中で入るのは、慣れていないのだろうか。それとも、最初に、添乗員から
「2日間で、50回ぐらいが限度で、出来る限り休憩場所でお願いします」
と、言われたのが効いたのか。皆さんバスが止まる度に一生懸命トイレへ通っている。トイレ付き豪華バスもキャッチフレーズ倒れであった。
 1泊2日の短いバス旅行。年齢に合ったスタイルかもしれない。
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